古代インド史

問題

 

以下の文章を読んで、あとの問いに答えよ。

 紀元前2300年頃から、インダス文明と呼ばれる都市文明が栄えるようになった。この文明圏内には、多くの都市が存在したが、中でも、インダス川中流域のハラッパーと下流域のモヘンジョ=ダロは、大規模な都市を形成していたと考えられる。
 前1500年頃から、中央アジアの遊牧民であるアーリヤ人が、カイバル峠を越えて西北インドの【 イ 】に侵入し、先住民と交わって農耕生活に入り、古代インド文明を作り上げた。アーリヤ人は初め、部族ごとに村落を形成していたが、その後、村落は都市国家へと発展した。その中でも、
マガダ国とコーサラ国は優勢であった。アーリヤ人の移住・定着の過程において、インド特有の身分制度であるヴァルナ制と、【 ロ 】を根本聖典としたバラモン教が生まれた。その一方で、身分制度を否定する宗教も新たに興るようになる。ガウタマ=シッダールタによって興された仏教もその一つである。仏教は、貴族・武士階級や商工業者によって支持され、やがてインドの外へも普及していった。
 前4世紀後半には、ナンダ朝を倒したチャンドラグプタが、
マウリヤ朝を創始する。王国の全盛期は、第3代アショーカ王の時代で、インドの南端を除き、全インドが統一された。アショーカ王は、【 ハ 】を倒した後、仏教に深く帰依するようになり、仏法に従って国内を統治しようとした。このため仏教は、インド内だけでなく、スリランカにまで広まった。スリランカで広まった上座部仏教は、その後、東南アジアにまで伝播することになる。
 アショーカ王の死後、マウリヤ朝は衰退し、バクトリア地方からギリシア人勢力やイラン系遊牧民が侵入するようになる。その中で興った
クシャーナ朝は、2世紀半ばの【 二 】王のとき最盛期を迎えるが、後に衰え、北インドは異民族の侵入と小国分立の時代を迎える。その後、チャンドラグプタ1世が創始したグプタ朝が勢力を拡大し、チャンドラグプタ2世の代には、北インドの大半を統一して、その全盛期を迎えた。叉、チャンドラグプタ2世は、文芸も奨励し、インド古典文化の黄金時代を築いた。
 グプタ朝が衰えた後、北インドを統一したのが、ハルシャ=ヴァルダナである。ハルシャ=ヴァルダナは封建的体制を採用して諸王侯を統治し、ヒンドゥー教・仏教を保護し、文芸・学問を奨励した。しかし、ヴァルダナ朝はハルシャ王の一代で終わり、それ以降は、小国による分裂が続いていくことになる。

  1.空欄【 イ 】〜【 二 】に当てはまる語句を、それぞれ次のa〜dから1つずつ選び、その記号を答えよ。
イ a ガンジス川中流域  b パンジャーブ
  c ベンガル      d マイソール
ロ a アヴェスター    b パンチャタントラ
  c ヴェーダ      d ウパニシャッド
ハ a カリンガ国     b チャンデーラ王国
  c バフマン朝     d パーンディヤ朝

  2.インダス川中流域のハラッパーと下流域のモヘンジョ=ダロについて、正しくないものを1つ選び、その記号を答えよ。
a 青銅器や、ろくろでつくられた土器が用いられていた
b 動物などの絵画や楔形文字が刻まれた印章が使われていた
c 道路や建物には、焼きレンガが用いられていた
d 沐浴場や穀物貯蔵庫、会議場などの公共の建造物が備えられていた

  3.マガダ国について正しいものを1つ選び、その記号を答えよ。
a 前5世紀頃に、コーサラ国によって併合された
b 前6世紀頃に、インダス川中流域に興った
c その王はシャーと呼ばれ、絶対的な権力を有していた
d 仏教は、この国で発生した

  4.ヴァルナ制について、アーリヤ人が定住した当初に形成された4つのヴァルナのうち、第4位に位置づけられ、上位3ヴァルナに奉仕するとされたヴァルナは何か。

  5.マウリヤ朝の都はどこか。

  6.第3代アショーカ王に関する説明として正しくないものを1つ選び、その記号を答えよ。
a 詔勅を領内各地の岩石や岩柱に刻ませた
b ダルマによる平和的統治を目指した
c 仏教規範を示したマヌ法典を編纂した
d 第3回仏典結集を援助した

  7.クシャーナ朝について、この時代に発達したガンダーラ美術は、ヘレニズム文化の影響を受けた特徴を持っている。その特徴を1行で答えよ。

  8.グプタ朝について、この王朝で活躍し、代表作「シャクンタラー」で知られる戯曲作家は誰か。

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